楼門を振り返れば山深さを感じさす。
 霊験新たかな熊野信仰の強さに引かれるがゆえに、遠く離れたこの一ヶ寺を遥々訪ねられるのであろう。
一番札所のはずが一番最後に取り残されかねない。それは余りにも一ヶ寺の参拝にしては遠すぎる事が原因のようです。吾妻人は御伊勢参りから始めて、これをいとも無く解決したのでした。歴代天皇の熊野御幸は宇多上皇が一度、花山法皇の一度、白河上皇の十二度、鳥羽上皇の二十三度、崇徳上皇の一度、後白河上皇が三十三度、後鳥羽上皇の二十八度、後嵯峨上皇の二度、亀山上皇の一度と順序からの記録が残る。中興の花山法皇からは、先帝の遍歴を辿る傾向があり、都から訪ねて、都に帰る。この繰り返しのコースにも成っていて、吾妻からの人の為に一回で一巡り出来る様にもなっています。一回で一巡りも現在は車社会で然程の苦労もなく出来ますが、その昔は村々の講によって積み立てをして、籤引きにより代表者が代参をしたそうで、その金額も想像を絶する程と記録されています。巡礼の代参も目的ですが、農産物、工業等も持ち帰ることも大切な目的で、その地に残り全員が揃って帰郷出来るとは限らなかった様です。現在は有り難い時代に成りました。
 

楼門
本尊:如意輪観世音菩薩
開基:裸形上人・インド渡来僧
建立:推古朝

ご詠歌
補陀(ふだ)洛(らく)や 岸うつ波は 三(み)熊野(くまの)の 
那智のお山に ひびく滝つせ


本堂
この本堂は秀吉の命により弟秀長が普請奉行として建立したという。
鰐口は最大の物と云う
  この地方は稲作が始まる頃であろうと云う時代に徐福伝説のある所である。
秦の始皇帝の空しい切望から始まるこの徐福伝説、蓬莱山と補陀洛山の合体でしょうか、この辺り一帯は補陀洛山及び蓬莱山信仰の場所でもあります。記録と云うより、伝わる話で、この地にインドより渡来した裸形上人が、滝壷に八寸の黄金仏を感得して、草庵を結び安置したのが現在の本堂がある場所となってい ます。その二百八十年後の推古天皇の時代に、生仏上人が遊行の途中、この地で霊夢を感得して、椿の霊木で一丈の観音を刻み、八寸の金像を胎内仏とした。このような事から裸形上人が開山で、生仏上人を中興開山として、後にこの霊場となる処が成立いたしました。
 三十三ヶ寺の順番はこだわらなくても良いのですが、ただ遠いから後回しにしている人は、難所の寺を知ると、それも後回しにする傾向があるようです。人の心境にはすでに山坂、また登り切れない絶壁が棲みこんでいます。
 初めての巡礼をされる方には、決め事に違わず一番から始められる事をお勧めいたします。
(裸形上人の裸形とは、一木にすがってこの地に着い漂流者で、海岸に着いたその時の姿から)
 

本堂と那智大社の本殿
  明治の神仏分離令で寺観の空しさは隠せないが、名残として神仏平等を表す容が、那智の滝口、観音が坐す本堂、那智大社、各屋根のひさしの高さを合わせて顕している。

那智の滝と三重塔
 滝口は三筋からなり、この仏法僧が一筋になって豪快な姿を魅せてくれて観音の遣いである下り龍なのか。此処から打ち止め満願、華厳寺への巡礼が始まります。
 

拝観:午前5:00〜午後4:30・無料
三重塔拝観
大人200円(高校生以上)
小人100円
駐車料金
小型500円 
大型1000円
 


和歌山県東牟婁郡(ひがしむろぐん)那智勝浦町宇那智山8
TEL 0735-55−0404
交通機関
京都・新大阪・大阪天王寺・名古屋駅より始発直通列車あり。
特急は勝浦駅下車、那智駅下車、登山バスは所要時間20分で始発6時40分〜18時まで1時間毎。

写真撮影・ 清耳眼


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