本尊:十一面千手千眼観世音菩薩
開基:藤原山陰中納言政朝卿
建立:仁和年間
ご詠歌
おしなべて 老いも若きも 総持寺の仏の誓ひ 頼まぬはなし
  平地に建立している霊場十一ヶ寺の一つで、参拝をするのにも心安い所に在り、この寺は山陰中納言政朝卿が世を去って三年目に子供達によって父の念持仏を本尊とそて成立するのであるが、亀の恩返しから政朝とその父の信仰心から始まると伝わっています。
父高房が筑紫大宰府に幼い政朝を伴い赴任する時、淀川で漁師たちに殺されようとしていた大亀を買い取って河へ放った。その後の事、父高房が不在の折に義母が乳母に命じて幼い政朝を淀川に投げ入れた、その時、父が助けた大亀があらわれ、背に政朝を乗せて助けた。この事を知った高房は唐人に黄金を渡して観音を刻む香木を依頼した。唐の国では御禁制の香木は持ち出す事が出来ず「中納言高房卿の求めに海に投じて渡す」と云うような事を書いて海に流しました。これを父の後を継いで太宰府に任じていた政朝が海で見つけ持ち帰ったと言う。観音様を造るにあたって長谷寺で祈願をしたところ、童子達が政朝を訪ねて来て千手観世音菩薩を刻みあげた。兵火により上半身は僅か下半身が表面は炭化して焼けているが、これが現存する本尊で、火伏せ観音の所以で、大亀に乗って脇侍に善女竜王、雨宝童子を従えています。
 この観音の製作期間は千日と伝わっていますが、この期間に童子達の食事を、身を清めて奉じたのが政朝卿であり、山陰流式包丁の祖、料理の神として今日も料理界では崇敬を集めています。
 

大阪府茨木市総持寺町1−6−1
TEL 0726−22−3209
交通機関
阪急電車総持寺駅下車徒歩約7分〜10分
 


写真撮影・清耳眼



トップページ