源 重之
手描き友禅・絹本寸法・600/355・表装寸法・1340/750
第二巻内 右方(十一) 源重之(みなもとのしげゆき)従五位下
吉野山峰のしら雪いつきえて けさは霞のたちかはるらん
吉野山の峯のしら雪もいつのまにか消えて、今朝はうってかわったように春めいた霞がたち、すると、風景も雰囲気がちがってきて、季節はぐんぐんうごいてゆくようだ。
清和天皇の曾孫。冷泉天皇の東宮時代の帯刀先生となり、天皇の即位後は左右の将監などを経て、その後、地方官を歴任した。旅が好きだった事もあり、各地の風景を詠んだ歌を残している。藤原実方と親交があり、実方が左遷され陸奥守になると、それに同行して、陸奥で没したと言われている。 「重之」
表裏の 歌の解説「佐竹本三十六歌仙復元会提供」一部加筆
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第二巻内 右方(十二) 源信明(みなもとのさねあきら)従四位下
こひしさは同じこころにあらずとも 今宵の月をきみ見ざらめや
あなたが恋しい。この思いの比べ、あなたの思いが同じとは思われませんが、とはいえ今宵の月の身にしみる光を、あなたが見ていないとは、とても思われません。
源公忠の長男、光孝天皇の曾孫に当たるが従四位下の地方官で終わった。しかし、その歌集の多くは女流の贈答歌に埋まり、風雅に生きたかんじの印象がある。特に、女流歌人中務との恋いの贈答歌は有名であり「信明集」はこの中務との恋で埋まっている。 「信明」
第二巻内 右方(十三) 源順(みなもとのしたごう)従五位上
水のおもに照る月なみをかぞふれば 今宵ぞ秋のもなかなりける
池水の面に照りわたる月の明るさ、円さ。耀ようさざ波に日並を数えて見れば、今宵こそまさに秋の最中、八月十五夜ではないか。
源順は嵯峨源氏の裔、文章生より出て、従五位下、能登などの国司に任ぜられた。「万葉集」にはじめて訓点をほどこす仕事に従事する。「後撰集」の撰進にも携わる。漢和字典「和名数聚鈔」を編んだ。 「順」