柿本人麿

 この歌「古今和歌集」(巻第九・羈旅歌・きりょーか)に「よみ人しらず」として収録されている。その左注に「このうたは、ある人のいはく、柿本人麿が歌なり」とあって、「古今和歌集」の選集当時は人麿の作として伝称されていた。のち「三十六人撰」成立頃になると、人麿の旅の代表作として挙げられるようになり、のち人麿影供の際に朗誦された。

 この歌が人麿作となってゆく過程には、おそらく人麿の羈旅歌の中にある、明石の門を航行した時の著名な歌が、人々の念頭にあったにちがいない。その中の一首をあげておこう。「天離る夷の長道ゆ恋ひ来れば明石の門より大和島見ゆ」。「ほのぼのと」の歌は、立ちこめた朝霧がやわらかに動きそめた頃、見え隠れしつつ漕ぎ離れてゆく舟がある、それはやがて小さく遠ざかり、ふと島影に見えなくなってしまった。あの舟はどこを目指していったのだろう。まるで当てどなく人生を航く孤影のように。明けはなれてゆく明石の浦に佇んで、漕ぎゆく舟をみている旅人の思いをうたっており、果てもない海原をゆくものの行方にむけて感傷的な旅愁をにじませ、人生的な感懐をも味わわせてくれる。

 佐竹本の流動的な、やわらかな線をもってえがかれた人麿像は、かすかに異風で、しかも古代的ななつかしみがあり、「やまと歌」の原点に想像された人物の縹緲とした気韻の幽けさがかんじられる。

         あしびきの山鳥の尾しだり尾の  

                                                  ながながし夜をひとりかも寝む   

                                                                                   (百人一首 ・三)

 

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