日向大神宮

内鳥居
御祭神
内宮・上の本宮

天照大御神(あまてらすおおみか)    

宗像三女神
多紀理毘賣命(たきりひめのみこと)
市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)     多岐都比賣命(たぎつひめのみこと)

外宮・下の本宮
天孫
天津彦火瓊々杵尊(あまつひこほににぎのみこと)

日本最初の神
天之御中主神(あまのみなかぬしのかみ)


境内神社

上ノ別宮:荒祭宮。 下ノ別宮:多賀神社・春日神社。 別宮:福土神社。
山城国最初第一:恵比須神社・天鈿女神社。 天岩戸:戸隠神社。
朝日泉:御井神社。 猿田彦神社。 神田稲荷神社。 朝日天満宮。 嚴嶋神社。


内宮・上の本宮
当神宮は、第十三代顕宗天皇の御代に筑紫日向高千穂の峯の神蹟を移して創建されたと伝えられています。天智天皇は圭田を御寄進され鎮座の山を日の山と名づけ給い、清和天皇は日向宮の勅額を賜い、醍醐天皇は延喜の制で官幣社に列し給いました。建武の戦乱中、新田義貞公は戦勝を祈願され良馬と太刀一振りを奉納されました。応仁の乱の兵火で社殿並びに古記録は焼失しましたが、松坂村の農松井藤左衛門によって仮宮が造営され、禁中より修理料を賜わり社殿の再興が行われました。後陽成天皇は内宮・外宮の御宸筆の額を賜いました。慶長年間徳川家康公より神領が加増され社殿の改造が行われました。後水尾天皇・中宮東福門院は修理料・御神宝を賜い、中御門天皇は享保十四年四月両本宮の修理に際し神祇官領卜部兼敬卿を奉幣の儀に遣わされました。後桃園院天皇はたびたび御代拝を遣わされ、毎年御紋附き堤燈を賜いました。寛政四年十二月女院御所より御初穂奉献、同六年九月泰礼門院及び女院御所中宮より同年十一月には内侍所よりそれぞれ御翠簾の御寄進があり、文化六年十一月外宮御遷宮、同七年五月内宮御遷宮に際し、光格天皇は御神宝を御寄進されました。その他仙洞御所・青蓮院宮・聖護院宮・梶井宮・桂宮の御参拝・御初穂の御奉献・宝物の御寄進があり、昭和四年十月御大礼調度品が下付され、昭和十一年十月久迩宮は、御参拝・御初穂を御奉献、昭和十二年二月御献木を賜いました。
 ましたましたで、縁起を書いていて面白みがなく申し訳ない。しかし、この様にして今日に至っているのだな〜と記憶に止めておいてください。
 情報社会になって現在は多くの人が知るところになったが、京都人のみ知る隠された紅葉の名所であったのです。
伊勢は遠い、紅葉だけでも見に行きませんか、おもわず手も合わされるでしょう。

外宮・下の本宮

天の岩戸
 京都最古の宮で、古くは日向宮・日向神社・粟田口神明宮・日岡神明宮とも称し、社殿は神明造りで内宮・外宮が奉斎され「京の伊勢」として名高く、昔は東海道を往来する旅人たちの道中の安全祈願や、伊勢神宮の代参として多数参拝がありました。また神社の入口の一ノ鳥居の所が粟田口(京の七口の一つ)に当り弓屋・井筒屋・藤屋の有名な茶屋があって旅人たちの送り迎えが行われ大変賑わいました。周囲の山は神体山で、日ノ山・神明山(東山三十六峯の一山)と称し、神域には桧・杉・松の老樹が繁茂し、桜・つつじ・紅葉が多く四季の風光明媚で大自然の幽邃の霊地であります。

写真更予定(新緑)

拝観時間:
9001700・自由拝観無料
車椅子拝観一部可(車は鳥居の下まで行けます。石段が困難、工夫を宜しく)

6078491 京都市山科区日ノ岡一切経谷町29 
TEL075
7616639
地下鉄・京阪電車蹴上


写真撮影・清耳眼


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