首途八幡宮
  現在の「首途八幡宮」一帯は、社伝によると、もとの名を「内野八幡宮」と呼び、皇城鎮護の社として重んぜられ、皇后方の尊祟も厚かったと伝わっています。桃薗親王の旧跡としても知られて、境内は広く、池泉に築山をめぐらし、春、桃の木が爛漫と咲く頃、桃花祭が執り行われたらしい。社頭には数多くの参拝者で満ち、稚児舞の奉納等が行われる情景は、あたかも絵巻物を見る感があったと神社では伝えている。
 今から八百年前、安徳天皇寿永年間(1182年)に、源九郎義経は牛若丸時代に鞍馬山を抜け出して金売吉次の屋敷であったこの地で吉次と落ち逢った。旅立ちに際して諸々の祈願をしたのが、屋敷近くにあった「内野八幡宮」で、奥州平泉の藤原秀衡のもとへ出発したのがこの地であったと言う。「首途」とは「門出・出発」の意味で、また寿永年間(1185)頃、源九郎義経が平家追討の折の首途に際して九州宇佐八幡宮を勧請「社伝から見れば二度目となる」して祈願したと伝わり、どちらの由来であるかは定かではないが、内野八幡宮が「首途八幡宮」とも呼ばれるようになったらしい。

本殿
  しかし、何時ごろから首途八幡宮と掲げたかは定かではない。
伝聞く者に責任はないが、記録に残したものが事実ではない事もある。意外と事実の記録と云うものは遺しては居ないのが寺社の歴史であろうか。度々の兵火にあい特に天明の災害により当宮の社殿、宝物類に至るまで悉く灰燼に帰したとの事です。
 とにかくこの神社は、神徳深遠で、祟敬者は広く畿内外に及び、日々参拝者で盛んな賑わいであった事は間違い。
    牛若の足跡のその一


御神徳 古より神威盛んな社として、その御神徳がたたえられ、祟敬が厚い。

     旅立ち、旅行安全・・・・源義経の首途に、道中安全を祈願して出立した由緒で旅立ち、旅行安全、海外旅行安全の守護神としての、信仰が特に厚い。
     小児の虫封じ安産の神と祟敬を集めている。
     厄除・勝運・必勝の祈願

■御祭神 三柱
誉田別(ほんだわけの)尊(応神天皇)
比刀iひめ)大神(宗像三神合祀一体)多岐津姫命・一杵島姫命・多紀理姫命
息長帯姫(おきながたらしひめの)命(神功皇后)

■御祭礼 宵宮祭  九月十四日
       例祭    九月十五日
       後宴祭  九月十六日
昭和二十三年の祭礼を期に、奉賛会が組織され、祟敬者により、毎年盛大なる祭典が執行されております。

 
 拝観時間・境内自由拝観・車椅子拝観可
 京都市上京区智恵光院通今出川上ル桜井町一○二の一番地 TEL 0754310977

写真撮影:清耳眼
   

 戻る      トップページ