真言宗智山派
補陀洛山・海住山寺
  この寺の始まりは、大盧舎那佛像造立の発願を宣した聖武天皇が事業の平安無事を祈り勅命により天平七年(739)良弁が十一面観音菩薩を安置して藤尾山観音寺と名づけた事に始まる。
保延三年(1137)火災によりことごとく灰に帰した。
承元二年(1208)笠置寺より解脱上人貞慶が廃址に草庵をつくり移り住み補陀洛山海住山寺と名付けて基礎をつくり現在に至る。
近世まで、興福寺の末寺であったが真言宗に改宗している。
 国道24号から、木津川の北沿い国道163号を笠置に向かい走ると、海住山寺の案内が見える。目安は対岸のJR関西本線加茂駅に至る信号になる。信号の少し点前を山に向かって登る。車で行くと民家に挟まれた細い道がしばらく続くが、近年広げた道が寺まで続き、初めて現れる門( 最初の写真)をやり過ごし終点が駐車場になっている。途中は道が細すぎて不安になるが、民家の人に聞けば親切に教えてくれる。最初の道案内の標識さえ間違えなければ、真っ直ぐと云ってくれるでしょう。ほぼ一本道になっているのです。

文殊堂(重文・鎌倉時代)

 

本堂

御本尊 十一面観世音菩薩立像(重要文化財・平安時代)
 

補陀洛山はご存知のように南海の孤島、この山も霧に浮かぶ時は孤島そのもので、観音浄土を想わす。弁財天と同じく、観音様は南海の孤島の如く水がつき物です。各観音霊場はそれを想わす山頂や中腹に安置している事が多い。村を沈めて霧がむせるように山裾を覆うと、まさに南海の孤島、観音の棲みかで尚一層にその霊験を感じさす。


五重塔(国宝・鎌倉時代)

 駐車場の紅葉。勝手ながら、さしずめ十二単と命名しておいた。

恭仁宮跡
十一面観世音菩薩立像(重要文化財・平安時代)奈良国立博物館に依託中
本堂内陣壁画 来迎図(室町時代)奈良国立博物館に依託中
不動明王立像(平安時代後期)

拝観時間・基本的には9:00〜16:30まで、インタホンで申し込めば少々の事情に応じる。
一般・高校300・中・小学150・特別公開の場合は一般・高校600・中・小学300
車椅子拝観・外観のみ可
〒619−1106
相楽郡加茂町大字例幣小字海住山20
JR関西本線加茂駅からJRバス近城線に乗り換えバス停近城岡崎まで5分
バス停から徒歩約30分。

写真撮影・阿耳眼



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