真言律宗
佐保山・海龍王寺

中門
 山門から一直線、しばらくの参道で拝観口の中門に至る。
写真には見えないが、山門の脇は、築地塀の漆喰が剥がれ落ちながらも崩れることなく型を成して山門を挟んでいる。一般的にはこの様になると直ぐに白壁に直すのが通例であるが,和尚(わじょう)の粋か、味を失わずに古きを佇まわせている。
 京都の吉田山の萩の寺の塀も崩れた土壁をそのままにして多くのカメラマンを集めている。私が好きであるから人も好きであろうと勝手に思い込み、参拝の折に感動割れしない様にあえて写さずにいた。
 と云うわけではないが、歴史は権力者の身勝手で途切れる見本のような寺であろうか、奈良に来てこの寺を見逃すのは余りにも残念な事で、歴史を見逃すであろうと思う。この寺が中興された鎌倉期も遠い昔であるが、それを語ると何か大切な物が薄れていくような気がして成らない。それは行基、良弁と並んで義淵僧正の弟子、俗名阿刀(あと)僧玄ム(げんぼう)の唐から帰還の天平七年(735)に始まる。 ????

金堂
 本堂(金堂)の創建は江戸期・年号寛文(1665)頃と伝えられ、その位置は奈良時代の中金堂の位置と変らない場所であるという。密教寺院でありながら、西金堂と違い開放的な観がそる。嬉しいのは建築物は再建を繰り返しても境内の雰囲気が奈良の面影を想わすのは中央に建つ一基の燈篭の存在であろうか、仏の道標は景物ではない、一つで充分であろう。現代人である和尚(わじょう)がその元を継承している志しが垣間見られる一つでもあろう。
 また、この境内は整然として、歩き回る凡夫の痕を残す心苦しさがある。しかしながら、再度の参拝を誘ってくれるものがある事が嬉しかった。

西金堂(重要文化財)
 天平三年(731)の建立、山城に都が移ってからも修復をしてその重要性を示している。
鎌倉時代の大修復と記しているが、柱の上の斗供(升組)でうかがい知れる。

西金堂内の国宝小塔
 禅宗の仏語、塔頭とは塔の頭(ほとり)の意味と聞いたが、この小塔のほとりで受戒の儀式がおこなわれ、受戒の道場として居たらしいと言うが、真の塔頭の意味をなしていると思う。西金堂の中に在る塔婆、仏陀の墓は外にさらすよりこの方が真意を表していると思う。仏教を知らぬ凡夫が思う事であろうか。
 私の事情でこの角度でしか写せなかったが、大切に包み込んだ様子がよく解り、かえって良かったかも。
 

更新あり、パンフレット

指定文化財
五重小塔(国宝)奈良時代         (写真)
舎利塔(重文)鎌倉時代(奈良博出陳)  
西金堂(重文)奈良時代           (写真)
経蔵(重文)奈良時代            
寺門勅額(重文)奈良時代         
十一面観世音菩薩(重文)奈良時代   
文殊菩薩(重文)奈良時代         
毘沙門天画像(重文)平安時代(奈良博出陳)

その他
海龍王経 奈良時代(奈良博出陳)    
隅寺心経(市文)奈良時代(奈良博出陳) 
自在王菩薩経(市文)(奈良博出陳)     
法華経 鎌倉時代               
仏涅槃図 鎌倉時代              
愛染明王(市文)室町時代          
毘沙門天 鎌倉時代              
本堂・金堂(市文)江戸時代         (写真)
山門・両築地塀(市文)室町時代       
客殿 桃山時代                 
 

海龍王寺の一般参加できる行事
十一月の第一土曜日・日曜日に布薩の行法という行事を行ないます。
これは日頃、仏教の行事に触れていただく機会の少ない方々に参加・体験をしていただくことにより仏教に少しでも触れていただく機会を作れればと思い、開催をしております。
なお、公開日程は若干の変更がございますが、だいたいこの日程で行ないます。
ねんのため上記の日程の詳細については、お寺まで s-doragon@mb1.kisweb.ne.jp で問い合わせ下さい。

住職の親身さは格別です。心安くお問い合わせしてください。(小耳眼)


拝観時間:9:00〜16:30 休み8/12〜16・12/24〜31
一般・400(360)・高校・中学200(180)・小学100(90)
特別拝観・春季3/23〜4/7・5/1〜15: 今秋季特別拝観10/23〜11/10
一般・500(450)・高校・中学300(270)・小学100(90)
団体・連絡要・車椅子拝観可(介添要)身障者無料
駐車場・無料・乗用車10台・マイクロ5台・バス2台
〒630-8001
奈良市法華寺町897
TEL0742-33-5765
E-mail  s-doragon@mb1.kisweb.ne.jp
 当寺は遣唐使の時代より、旅行・留学・渡航の安全を祈願しており、有り難い事に、その昔より霊験を顕しております。
 祈願のご希望、ご相談の方は上記のE-mailでお問い合わせください。

 写経発祥の所以は、初代住持になりました玄ム(げんぼう)が、唐より持ち帰った一切経の書写が当寺において行われました。(天平写経・隅寺心経)
 聖武天皇・光明皇后も当寺において遣唐使の安全祈願をされました。
空海(弘法大師)も渡唐安全祈願の為 当寺に一千日参籠し心経を一千巻写経されました。
 

写真撮影・小耳眼



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