| 真言宗智山派 |
| 鹿鷺山・笠置寺 |
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| 開基は天武天皇とも伝わる磨崖仏弥勒菩薩を本尊とする古刹であるが・・・。 寺として整ったのは東大寺の開基良弁や、その高弟渡来僧、修二会の創始者実忠によるものと言い、此処がお水取りの発祥の寺です。鎌倉時代に大いに栄えたが、その末期、後醍醐天皇の行宮となった時に、北条の兵七万五千と天皇方二千五百との攻防の末に磨崖仏、梵鐘を除き堂宇を失った。 |
![]() 解脱鐘 |
| 銅鐘・建久作(重文)重源寄進の銘があり。 中国の形式をもち、日本には珍しい鐘で基底が六つに切り込まれて蓮花を表しているのか。 建久期当時に笠置寺に住していた解脱上人貞慶に、大般若経と共に寄進したが、後醍醐天皇と北条方の元弘の乱で、この鐘だけが残った。 |
![]() 大師堂(元正月堂址) |
| 現在この寺は、京都の真言宗智山派に属しているところから、石造の弘法大師を安置しています。 空海も来山していて、まんざら縁の無い事ではない。 |
![]() 本堂(正月堂) |
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渡来僧・実忠が当山の千手窟で感得した十一面観音を祀って、現在の本堂ではあるが、本尊は外の大磨崖仏である弥勒(菩薩形か如来形)で、本来は礼拝堂である。 実忠が始めた東大寺の二月堂のお水取りは有名であるが、第一回目のお水取りは、元正月堂(現大師堂)の場所で執り行われた。現在の本堂は室町期に復興したものを、江戸初期に藤堂藩領になった縁で藤堂高次によって修復されたもので、向かって右側は断崖になっていて、懸崖造りになっている。 |
![]() 弥勒菩薩磨崖仏 |
| 末法思想で未来仏の笠置詣でをさせた弥勒の磨崖仏であったが、再三の火災の火の熱で、御姿は奥に隠れたか、其処に居たと云うだけの容しかない。 |
![]() 伝・虚空蔵菩薩磨崖仏 |
| 弥勒菩薩、如意輪観世音の説をもつ奈良時代後期のものという。 |
![]() 十三重石塔 |
| 建久七年に解脱上人により木造本瓦十三重塔が建てられていた場所であるという。 後醍醐天皇の元弘の乱で、その塔は消失して、供養に石塔が建てられたのか、この寺は伝え聞く事が多すぎて、縁起書も室町期のもので、定かな事は解らないことが多い。解脱上人は、後に下山して廃墟となした観音寺を海住山寺と改名して基礎を固める。 |
拝観時間・8:00〜17:00・12月〜3月は8:00〜16:00まで 一般300(270)・高校300(270)・中学100(団割無)・小学(無料) 学校団体・遠足の場合・高校70・中学50・小学30 車椅子不可 〒619−1303 京都府相楽郡笠置町笠置山 TEL 0743−95−2848 奈良駅からJR関西本線・笠置駅下車・徒歩約40分 |
写真撮影・阿耳眼 |
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