南禅寺塔頭
金地院
南禅寺の境内に入って直ぐ右の突き当たりに山名持豊(宗全)の菩提寺があり、さらに右に行くと金地院がある。
 金地院は応永年間(1400)大業徳基禅師が足利義持の帰依を得て、京都北山に開創した禅宗の寺院であったのが始まりで、慶長の初め(1600)祟伝和尚が南禅寺塔頭に移築し現在に至っている。祟伝和尚は、徳川家康・秀忠・家光の三代に亘って親任され黒衣の宰相として前後二十有五年間、その天分を傾倒し、江戸幕府創立の基礎を確立した名僧である。寛永三年、後水尾天皇より特に円照本光国師の号を賜る。現在の諸堂は総て祟伝和尚の建立にして重要文化財に指定されている。尚、江戸幕府に関する資料として本光国師日記四十六巻、濃比須般国(メキシコ)返書の草案(共に重文)及び武家諸法度草稿が現存する。
世に寺大名と称したのは、ここ金地院の別称である。

明智門

明智門
 天正十年明智光秀が母の菩提のため、黄金(銀?)千枚を寄進した。大徳寺方丈正面に建立したこの門は、その場所に日暮門が移築されたので、明治初年に当院に移された。


方丈

方丈庭園
方丈(重要文化財)
 慶長十六年、伏見桃山城の遺構を移築したと伝えられ、祟伝和尚が諸侯との対面に使用した建物である。仏間には御本尊地蔵菩薩(快慶作)を奉安している。正面に「布金道場」と大書した額は山岡鉄太郎(鉄舟居士)の筆である。襖絵は狩野探幽及び狩野尚信の筆。仏間の「仙人遊楽の図」及び対面の間の「松・梅・の図」は閑寂典雅で江戸初期における襖絵の代表作として特に有名である。

亀島

鶴島
鶴亀庭園
  寛永七年、小堀遠州の作。桃山時代の風格を備えた江戸初期の代表的枯山水にして、古来名声高き庭園である。その広さに於て、又その豪壮なる意匠に於て、いつの時代にも人々の心に迫るものがある。前面の白砂は宝船を象徴すると同時に海洋を表す。長方形の大きな平面石は東照宮の遥拝石であり、その右が鶴島、左が亀島である。中間に群仙島を象る石を点在し、前方には崖地を利用して蓬莱石組が立つ。背景の大刈込は、幾重にも折りかさなる山々で深山幽谷を表すという。

開山堂

以心祟伝木像
開山堂
  祟伝長老の塔所にして、後水尾天皇の勅額を掲ぐ、左右両側には十六羅漢像が安置してある。

弁天池

弁天池
  元東照宮と開山堂の中間(現在の竹林)に池庭があり、中島に弁財天が祀られていたのを明治初年そのまま現在の場所に移す。


東照宮向瓦葺唐門

参道

東照宮(重要文化財)
  祟伝長老が徳川家康の遺嘱に依り、家康の遺髪と念持仏とを奉載して寛永五年造営したものである。創建当初は諸堂完備し輪奐の結構さは日光東照宮に比すべきものであったと云う。


拝殿

天井と三十六歌仙
拝殿 ・現在の拝殿・石の間・本殿等は京都に遺る唯一の権現造り様式である。拝殿天井の鳴龍は狩野探幽の筆・三十六歌仙の額は土佐光起の筆であり、歌は青蓮院宮尊純法親王の御筆跡である。

拝観時間:
8001700 12/12/1630・大人400・高校300・小中学200 団体25名以上 50円引き
車椅子拝観(境内・庭園可)身障者
100円引き
6068435 住所・京都市左京区南禅寺福地町8612 
TEL0757713511
地下鉄蹴上・市バス南禅寺・永観堂


写真撮影・清耳眼
       

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