世界文化遺産
栂尾山・高山寺

石水院
  始まりは、桓武天皇の父光仁天皇勅願により、宝亀五年(774)に華厳宗・神願寺都賀尾坊として開創した寺でありました。四百三十二年後、建永元年(1206)後鳥羽上皇の勅額「日出先照高山之寺」を掲げて明恵上人が華厳宗根本道場・高山寺と号した。然し、真言宗に改宗していたものが昭和四十一年に単一寺院として独立して現在に至っています。
 国宝は石水院を含めて七点、重要文化財千五百余点はよほどの機会がなければ一覧する事は出来ない(不可能かも)。国宝紙本墨画鳥獣人物戯画、国宝明恵上人樹上坐禅画像は写しでありますが石水院内に見る事が出来ます。


後鳥羽上皇の勅額

鉄斎居士筆

広縁と善財童子・蟇股
 石水院は殆んど鉈で仕上げている事や、船底天井、隙間風防止の工夫や広縁の板が屋久杉で有ることを知る人は少ないと思う。広縁は屋久杉独特の油脂が薄黒く光沢を放っている。その広縁中央に華厳経主人公善財童子が立っているが、古い写真では居なかったのは近年置いたのでしょう。写真中央上に細い半円を画いて見える蟇股(かえるまた)は見事な物と聞きます。
 栄西禅師から頂いた茶種を植えた、日本最古を謳っている茶園があり、この株分けが宇治茶と云われ、此れに対して高山寺の茶を本茶と称する。宇治の茶園からはこぞって新茶をこの寺に奉納しています。
宇治にも残る話で、明恵上人が茶木の植え方を知らない農民に、自ら乗馬をして馬の足跡に植栽するように指導したという。宇治万福寺の門前にその伝承した碑が建っています。
 ちなみに、鎌倉時代では最古とはいいがたいものがある、大津坂本にも最古の茶園があり、中国から持ち帰った団茶かも知れないが、坂本には栄忠が嵯峨天皇に茶を献じた喫茶最古の記録もある。もっと言うならば、九州辺りに都に着くまで万が一のことを考えて株か茶の実を置いたはずであるが、継承していないのが最古と成らないだけであり、九州にも有名な茶所はある。ここは宇治に株分けをして、茶の発展の功績をもっているが、いわば現存最古級とでも云った方が適当ではないか。謝

金堂への参道
 建築物の遺構を囲む穴太積で有ろうか、苔生した石垣を行けば開山堂、明恵上人御廟、石水院址を至って仏足石、金堂が在り、静かに修行していたその昔を偲ばせて、進む足にもその鼓動に合わせる観がある。

拝観時間:
9001700 大人・中高共600 小学300 の紅葉の季節は別途料金
大人団割りなし(中高
200引き)小学団体謝絶・
車椅子拝観不可
(駐車場からの拝観は、残念ながら、石段があり、足元が危険です)
駐車場に行くまでの正面からであれば、猫の額ほどですが空き地があり、階段を背負って、石水院の下まで車椅子で可能で、背負っての石水院内の拝観は可能です。院内は総て坐した目線で拝観します。
6168295
住所・京都市右京区梅ヶ畑栂尾町8 
TEL 075
8614204 
JR
バス栂尾

写真撮影・小耳眼
     

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