浄土宗
紫雲山・金戒光明寺
くろたに

総門(西)
 法然上人が、はじめて草庵を営まれた地であり、十五歳で比叡山に登られた上人が承安五年(一一七五)四十三歳修行を終えて、お念仏の教えを広めるために、真如堂で念仏をされた時、紫雲全山にみなぎり光明があたりを照らしたことから、この地に草庵をむすばれたのが浄土宗最初の遺跡(ゆいせき)である。良源僧正(慈恵大師・元三大師)が創建した比叡山黒谷青龍寺に、法然上人が叡空上人を師として二十五年間修行された事から、其れを偲んで、この寺は黒谷さんと愛称されています。修行された青龍寺が在る地は、大黒天が影現された大黒滝があり、大黒谷であったが後に黒谷と呼ばれ、ここは(くろたに)さんと清音で言われる様になったと伝わっています。

三門・浄土真宗最初の門

万延元年(一八六○)の完成。
楼上正面に後小松天皇宸翰「浄土真宗最初門」の勅額がある。

御影堂大殿
御影堂大殿
内陣正面には宗祖法然上人七十五歳の御影(坐像)を奉安している。火災による焼失後、昭和十九年に再建となったもので、堂内の光線と音響に細部の注意がこらされて昭和時代の模範建築物といえる。

本坊と直実鎧掛けの松
ここにも熊谷直実を忘れさす事のない様に語り部がいる。

阿弥陀堂
阿弥陀堂: 慶長十年(一六一二)豊臣秀頼により再建。当山諸堂宇中最も古い建物である。恵心僧都最終の作、本尊阿弥陀如来像が祀られている。如来像の腹中に一代彫刻の使用器具が納めてあることから、「おとめの如来」「ノミおさめ如来」と称されている。

地蔵堂

三重塔

塔本尊・宝冠文殊菩薩

極楽橋
 この極楽橋を渡って一直線石段を登れば三重塔。昔はくろ谷の西にあった中山文殊を江戸時代初期徳川秀忠公菩提の為に建立した三重塔本尊として運慶の作、文殊菩薩と脇士の像、日本三大文殊(黒谷文殊)が安置している。宮津の切戸の文殊・奈良安倍の文殊・と(山形亀岡の文殊・黒谷文殊のどちらか)を日本三大文殊と称して有名でありお参りする人は多い。
 幕末この寺は京都守護職、会津藩主・松平容保の本陣で、会津藩戦没者の墓も在り、浪士隊の芹沢鴨、近藤勇が松平容保に拝謁して、此処から新撰組へと発展して行った所でも在ります。
 それらに関わっていった総ての人が、この極楽橋を渡ったであろうか。南無三

八橋検校の菩提寺
 京の土産には欠かすことが出来ない時代もあった菓子八橋、今の人気は「おたべ」と称して餡を包んで甘い生菓子であるが、これも八橋で売り出している。祇園の亀谷清永に聖天にお供えする清浄歓喜団と云う唐菓子が有るが、その皮を工夫して出来たのが琴形の菓子で、これを琴の名人でもあった検校の名前を頂いた八橋でした。やつはし寺は三門の東隣に在ります。

境内自由拝観
拝観時間:
9001600・志納・団体名以上連絡要車椅子拝観(介添人要一部可)
6068331
住所・京都市左京区黒谷町121 
TEL075
7712204 
市バス東天王町または岡崎道

写真撮影・清耳眼・阿耳眼
    

戻る
       トップページ