六道珍皇寺
  この辺りは昔より、鳥辺野「死の空間」に通じる場所で六道の辻と呼ばれている。つまりあの世とこの世の接点であり、肉親との別れの場所でもあったのですが、この辻に六道珍皇寺が在り、先祖の霊を迎える場所でもあるのです。この珍皇寺に閻魔大王と小野篁卿が並んで安置されています。卿は従三位参議左大弁の官僚であり漢詩人でもあったのですが、閻魔大王に仕える真面目な役人でもあったそうです。
 かってはこの寺で、「迎え鐘(綱を手前に曳く)」を鳴らして先祖の霊を迎え、矢田寺(三条寺町上る)の「送り鐘」で霊を送り帰したといいます。

黄昏時の閻魔大王
 あの世と此の世の境目である六道の辻、この御方が主役であろう。
インドではヤマと云い、死者の楽園を受け持つ王であった。中国では地獄の裁判官である十王の一人と考えられ、知らぬ間に地獄の支配者となる。仏教から道教に取り込まれた菩薩(摩利支天等)、ヤマらは、もはや仏教における姿とは異なり道教の神といっても過言ではない。ヤマ(閻魔)は道教の影響をうけて、地蔵菩薩と同視して、自ら裁いた後で地獄に落ちた者たちを地蔵菩薩に姿を変えて救うという、道教によって地獄の慈悲深い神のように成ったのである。罪を裁いて人を裁かず、いわば裁判官のお手本を示して、この御方の裁きには冤罪はない。
 地蔵菩薩・釈迦涅槃後、弥勒が如来に成るまで、この世を釈迦に代わり救済するとされている。途方もない年月、菩薩の姿で、決して如来形はとらないと決心された。
すでに、覚者(仏陀)である。僧の姿でいる唯一の菩薩であるが、そのままの姿で、持ち物を捨て、肉髻・肉髻珠・螺髪を整えれば如来形になる。どのような印であろうか、やはり、釈迦仏と同じであろう。
 閻魔大王つまり、地蔵菩薩、西国三十三ヶ寺観音霊場もこの御方の人間救済の願望から始まった。

迎え鐘

開基の慶俊僧都が唐の国に行く時に造らせた梵鐘を鐘楼下に埋めて三年間は掘り出さないように命じていたが、留守をあずかっていた者が一年半余りで掘り出して鐘を付いたところ、唐の国に居る慶俊僧都が鐘の音を聞き、「あの鐘は三年間地中に埋めておけば、その後は人手を要せずして六時(むつどき)になると自然に鳴るものを惜しい事をしてくれた」と残念がったという。この話を聞いた民衆は遥か彼方の唐の国までも聞こえる鐘ならば、冥土にも届くであろうと信じられるようになって、「迎え鐘」と成ったと伝わっています。


本堂
 本堂右奥の井戸から冥府に往き、嵯峨の福生寺の井戸からこの世に還ったといい、冥府を自由に往来していた伝説が残っています。
 此処の住職は境内で、真面目な参拝者に逢うと僧侶らしく懇切丁寧に説明をしてくれます。尋ねればの事であります。

拝観時間:
10001600・無料・
本尊などの拝観は23日前までに連絡要・400円・中学以下の学生は無料
車椅子拝観可(介添人要)
6050811 京都市東山区松原通東大路西入る TE0755614129
市バス・京都バス・京阪バス清水道



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