| 臨済宗妙心寺派 | |
| 弘徳山・龍譚寺 | |
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龍譚寺の始まりは遠州国、井伊谷郷に天平時代からなる行基菩薩開基のもので、寛治七年(1093)井伊共和公が葬られてから井伊家の菩提寺とした。現在この龍譚寺は伊井家第二十四代井伊直政が石田光成の居城であった佐和山城主として当地に着任して、遠州(静岡)井伊谷宮に現在もある龍端寺にちなんで、佐和山麓に創建されたものです。 |
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| 石田光成の菩提所が何処にも引き受けるところもなく、地名にちなんで大同観音として、またその横に光成の像も建てて菩提を弔っている。寺の寛大さと、大壇越の理解が武将たる姿を世に見せている。 | |
![]() 山門(佐和山城門) |
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![]() 大同観音堂・本尊・楊柳観世音菩薩(三十三観音の一) |
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![]() 梵鐘 |
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![]() (方丈の入り口から) |
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![]() 韋駄天像 |
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![]() 方丈の額・(こうとく) |
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![]() 本尊釈迦如来 |
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![]() 杉戸絵(桃山期) |
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| 襖絵は全て森川許六の筆によるものです。 彦根藩士の子に生まれ、江戸に出仕したときに芭蕉と出会うと記録されている。芭蕉十哲と謳われ、師の死後、向井去来と論争を交わしたという、武士の血を捨てない堅固たるものが、どのようにして素晴らしい句・絵に感性を映し出したのだろう。強さ・優しさ・静けさが、どの部屋のも満たされている。俳句の師である芭蕉は絵画に関しては許六を師と仰いだほどであるという。 |
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![]() 南庭・方丈庭園 |
![]() 南庭・方丈庭園 |
| 補陀洛山を角度を変えて。 | 中央の赤みた石組が観音浄土補陀洛山か。 |
![]() 南庭・方丈庭園 |
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![]() 南庭・方丈庭園 |
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観音浄土補陀洛山を模しての開山禅師の作庭。紀伊の国から補陀洛山観音霊場を目指して船出した僧呂は数知れないが、此処に船が在る。たどり着いたのか、それとも、この庭にある観音浄土補陀洛山は行き来が自由になっているのか、補陀洛山からの出船になっている。 多くの石立僧を輩出したこの寺、作庭に関しては、南(方丈庭園)・東(池泉庭)・北庭(露地庭)とも教科書的な要素が溢れているが、意匠とは別に、拝する者の想いは決して無視はしない。 |
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| 謂井(いい)八幡宮・旧領地、井伊谷より勧請した八幡宮、井伊家の氏神と共に龍譚寺の守護神でも在ります。八幡の額の八は神使いの鳩をつかって書いて、岡本半介の筆とのことです。 | |
![]() 方丈の裏にあたる部屋・許六の筆・手前群馬群禽の間 |
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![]() 書院 |
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![]() 東庭(柱に沿って見える枯滝) |
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![]() 東庭(石橋と水分け石) |
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![]() 東庭(亀島) |
![]() 蓬莱山は亀が背負うが、これはゆらゆらと、 揺れ動く蓬莱山か。 |
![]() 北庭 |
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この庭は、東庭からは西に位置するが、東庭より池泉回遊式になっていて、回遊して北に見るようになっていることから、北庭と称します。現在は回遊は出来ません。 池泉庭・北庭も回遊式・座視鑑賞式を兼ねた庭で、北庭は平庭(露地庭)になっています。 |
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拝観時間・9:00〜17:00・12月〜2月は16:00まで 一般・高校・中学400(360)・小学150(団割無)・6月中旬より10日間・特別夜間拝観(沙羅の花と庭のライトアップ) 車椅子拝観不可 〒522−0007 彦根市古沢町1104 TEL 0749-22-2777
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写真撮影・小耳眼 |
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