| 浄土宗 | |
| 五台山・清涼寺 | |
| 嵯峨釈迦堂 | |
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千本釈迦堂(大報恩寺)と同じく、所在地から、清涼寺も嵯峨釈迦堂の名で親しまれている。中国に在った釈迦如来像を東大寺僧、「然(ちょうねん)が摸刻して請来した清涼寺本尊釈迦如来立像は、我が国の国宝で、日本三如来(信州善光寺・阿弥陀如来像・京都平等寺・薬師如来像)の一つに数えられ、三国伝来(インド〜中国〜日本)の生身のお釈迦如来とされている。 法然(源空)上人は、二十四歳の時、庶民救済の願をもって、釈迦如来像の前に七日間こもり、浄土宗立教に至るまでの旅立ちは、この寺からであったのです。 |
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![]() 仁王門 |
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仁王門(京都府指定文化財) |
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![]() 本堂 |
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| 本堂(釈迦堂)間口14間・奥行13間(京都府指定文化財) 天慶年8年(945)重明親王妃が棲霞寺(せいかじ)(清涼寺の前身)寺域に新堂を建立し藤原氏に寄進した。その時等身大の釈迦像を安置された。(これが釈迦堂の名前の由来ともいわれている)途中、たび重なる焼失の後、元禄14年(1701)再建された。単層入母屋造本瓦葺で、徳川初期末桃山建築の名残をしめす豪華さをもっている。堂内の宮殿は五代将軍綱吉公と生母桂昌院の寄進になり、華麗豪壮なもので、本尊釈迦如来をまつり、宮殿の裏には古潤筆になる清涼寺縁起の一部を拡大した壁画がある。東の脇壇には中央に「然の木像を、西の脇壇には厄除地蔵尊(重文鎌倉初期)をまつり、その他法華経・浄土経典をおさめた納経塔・桂昌院寄進の絹幢幡・お身拭いの太鼓・江戸出開帳の際の輿がある。 |
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![]() 多宝塔 |
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多宝塔(京都府指定文化財) |
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![]() 阿弥陀堂 |
![]() 弁天堂 |
| 阿弥陀堂 源融(みなもとのとおる)の供養のために、寛平七年(895)遺族が御堂を建立したものだそうです。このお堂の場所は融公の別荘棲霞観(棲霞寺・清涼寺の前進)の跡地と伝わるところです。源融は嵯峨天皇の皇子で、臣下に下り源氏を賜って左大臣にまで昇り、六条鴨川畔辺りに屋敷を構え、世に河原左大臣と呼ばれ、又、源氏物語のモデルと言われる人です。 弁天堂 本堂の真裏にあって、江戸後期の建築物と伝わるが詳細は不明、小ぶりの唐破風を付けて装飾彫刻が多く見られます。 |
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![]() 方丈庭園・伝小堀遠州作 |
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| 建造物は他にもあるが割愛しています。歴史を辿って味わう物には不自由はしないものが、境内、本堂内などに点在しています。 | |
近日梵鐘写真挿入 |
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拝観時間:9:00〜16:00・4・5・10・11月は9:00〜17:00 大人400(団360)・中高300(団270)・小中学200(団180)「団体30名以上・連絡要」 経堂拝観・大人100・中高生50・ 車椅子拝観(境内のみ可・介添人・身障者・無料・背負ってなら堂内も可、休憩しながら宜しく)) 〒616−8447 住所・京都市右京区嵯峨釈迦堂藤の木町46 TEL 075-861-0343 市バス・京都バス嵯峨釈迦堂前・JR嵯峨 |
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写真撮影・小耳眼 |
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