真言宗・智山派
歌中山・清閑寺
 現在この寺が在るのは、五条通りの延長である国道一号線が通る東山清水山の中腹にあたる所になるが、昔この辺りは、東海道三条通りと共に渋谷越えとして都の出入り口であった所に位置していた。かっては南都派の清水寺に対抗するほどの大寺で、延暦寺に属し寺観を整えていたという。開基説は、紹継法師(しょうけいほうし)と桓武天皇がある。衰退した当寺を中興したのは佐伯公行(さえききみゆき)とある。清閑寺は江戸期より、洛中平等寺の兼帯寺で真言宗智山派に属して現在にいたる。
 
狭い空間ですが、今でも穴場と言える御陵と清閑寺。ここは紅葉が密集していて、晩秋には、山門への階段は、深紅と、さにずらう、散り紅葉が、訪れる参拝者のためか絨毯にかわる。
 陶器の歴史も此処にある。聖武天皇の時代、この寺内に窯を開いたとあり、南北朝時代に清水焼が当寺の窯から始まり三条の粟田焼きと二つが京焼きの発展を支えたという。名工仁清の師である宗伯は当寺の僧であった事でも世に知られている。
 又、二人の天皇が此処に眠る、清閑寺陵に六条天皇・後清閑寺陵に高倉天皇、武士の力に翻弄された不運の天皇である。

扇の要石

清閑寺の古道
 
 要石は、この石の位置から市内を見ると扇を広げた様に双方の山肌が景観をいかしてくれる。 清水寺へ参拝した人は、舞台から見える子安の塔へ、裏口から小道を行くと、上右の写真に五分程で至り、清閑の標から歩いて2〜3分で高倉天皇・六条天皇の御陵 と清閑寺がある。この道は、清水寺に参拝出来る古道で、清閑寺の山号、歌の中山の由来はこの道であろう。小道から自動車道を右へ行けばトンネルの向こう、山科に至 るが、徒歩は薦められない。

余談

拝観時間:7:30〜16:30・冬季は16:00まで・志納(山門に吊り下げている箱に)
駐車場無料・車椅子拝観不可(困難・秋は寺の下からでも紅葉は味わえる)
京都市東山区清閑寺山ノ内町 TEL075−561−7292
京阪バス清閑寺山内町徒歩約5〜6分:清水 寺(泰産寺)の子安塔より徒歩約10分

写真撮影・清耳眼
     

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