滋賀院門跡
 滋賀院は後水尾上皇より賜った号であるが、その以前に天海僧正が現岡崎に在った六勝寺の一つ法勝寺を後陽成上皇より賜り、この寺が始ったのであります。
 これより歴代の天台座主を務めた法親王(ほっしんのう)が住まいとした処で滋賀院御殿と称されています。
ちなみに、此処より僅か離れた天台宗真盛宗総本山・西教寺にも法勝寺流の法要を継承して法勝寺を兼ねている。


通常門


拝観口

  延暦寺の僧は生涯を叡山山中で過ごすのが通例であったが、叡山の冬は老僧には厳しく、江戸初期に座主の思いやりで、老僧に限り坂本(山の本)に住まいを賜った。それを里坊と称して、ここはその総里坊(延暦寺本坊)になる。
 温暖化の進む現在でも叡山山頂の冬の厳しさは知られている。その昔の厳しさは常人には想像も出来ないもので、その厳しさをしのぐために、叡山の僧に限り勅命で般若(酒)を許されたとされ、勅が隠語で「ちょこ」に成ったと定かでない話を聞いた事がある。

 帰化人である穴太衆が住居した村が坂本の側にある。
穴太衆の積んだ石垣は各地の城に残ると共に、穴太衆は全国に分散しているが、本拠地で継承しているのは一軒のみが残るだけと云う。穴太衆積み(穴太積み・牛蒡積み)が並ぶ叡山の里坊、それは日吉大社の参道の両脇、其処から入りくんだ里坊もその石垣に包まれている。

 
 

二階書院

二階書院

内仏殿
 ご本尊は薬師如来で脇には天台、伝教両大師を祀る。
奥殿には後陽成天皇、後水尾天皇、明治天皇、歴代徳川将軍、江戸時代より明治の歴代天台座主法親王、明治以降の天台座主の位牌を安置して供養をしている。
 角度を変えて撮影した庭園。
徳川三代将軍家光の命で殿宸の西側に細長い座視池泉鑑賞式の蓬莱庭を作庭している。作庭者は伝・小堀遠州で蹴鞠の庭と命名されている。


慈眼堂


日光東照宮


拝観時間・9:00〜19:30・最終受付16:00
一般・450(400)・高・中学300・小学無料・団体は日時・人数等を電話連絡要
車椅子拝観不可・駐車場無料
〒520−0113
滋賀県大津市坂本四丁目6−1
TEL 077−578−0130
交通・京阪坂本駅。徒歩約10〜15分


写真撮影・阿耳眼


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