| 証空上人の一面 |
国師は最初から専修念仏だけに徹していたわけではなく、法然上人同様台密の研究をしたうえで、法然上人が信念を持った、浄土門を選んだのである。それは、法然上人は弟子である証空に、浄土思想を押し付けたのではなく、聖道門を学ばせた上での事であったのであろう。 国師は、政春 阿闍梨に就いて、金剛界・胎蔵界・蘇悉地の認可を受けられたが、残念ながら 阿闍梨の死によって頓挫した。 しかしその後、慈円大僧正によって、再び台密の相伝を受けられた。 その縁が、慈円僧正によって、証空をこの地に(中尾・法華寿院)呼び寄せたのであろう。ここはまぎれもなく、密教(台密)であるが、源信僧都の弟子である、開山源算上人の内には浄土思想を断ち切ることはなく、根底に硬く残っていたものと想像する。証空は法華寿院を退いて、北尾・往生院に移ってからは、善峯寺から独立して、浄土門を純粋に完成された師である法然上人の法灯を受け継ぎ浄土門に徹した。 |
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