| 天台宗 |
| 鎌倉山・月輪寺 |
| 月輪寺(つきのわでら)の眼下に嵯峨野、嵐山、桂川は南への流れをはっきりと見せて、晴れた日は、下流の南から指で流れをなぞると平仮名で「かつら」と、 月輪寺から短冊に書いた様な達筆が浮ぶと住職(尼僧)は言う。夏は宇治川で上げる花火が見事に見え、この時期には月輪寺には普段より親しんだ人が集う。 |
![]() 月輪寺よりの一望 |
| 月輪寺の歴史は古く、奈良時代に白山(はくさん)信仰の開祖でもある大徳泰澄(たいちょう)が建立して、慶俊が中興した愛宕(おたぎ)山中腹の霊地にある寺です。現在は荒廃した寺を住職(尼僧)の父親が宮大工であったお陰で修復が出来たが、これほどの貴重な寺を尼僧は清貧の中で辛うじて護っています。寺宝の中には坂上田村麻呂が十一面千手千眼観世音菩薩を自ら刻んだものが重要文化財として在り、他、聖観世音菩薩立像(平安初期)・十一面観世音菩薩立像(平安初期)・伝龍王像(平安初期)・善哉童子像(平安初期)・阿弥陀如来坐像(平安中期・恵心僧都源信作)・空也上人像(鎌倉時代・六波羅蜜寺と同形)・九条兼実坐像(鎌倉時代)の重要文化財があるが、ここには伽藍信仰は無く、真の信仰者だけしか訪れる事が出来ないお試しの道が麓より続いている。 |
![]() 苔むした穴太積 |
| 月輪寺を支えて、その歴史はどれ位経つのであろうか、寺は猫の額ほどの広さであるが、山肌にしっかりと月輪寺は建っている。一度でも山火事に遭えばこの地での消火は不可能であり、住職は尼僧ながら覚悟の守りを続けていると語ってくれた。 |
![]() 本堂 |
| 阿弥陀四十八願の内十八番目が、弘願(他力に任せた衆生を救う)で、他力本願の元になって真宗発祥の地でもあり、親鸞の師、法然上人霊場第十八番にその意味を含ませている。 |
![]() 三祖師堂 |
| この霊地で法然上人が専修念仏を修された時に、月輪殿(つきわでん)(九条兼実)が、この寺を修復されて隠棲され終焉まで過されてた。法然上人は建永の法難で流配される前に親鸞と共に、月輪殿(円澄)を訪ねて流配の時を待っていた。再会の無い事を覚悟に三人が形見の木造を自ら刻み三師像として三祖師堂に安置されて、真宗発祥の地の所以でもありす。 |
![]() しぐれ桜の親株 |
![]() しぐれ桜の所以 |
| 桜は一代というが、現在の桜は枯れた後から若木が生えてきた。四月十六日から五月二十日まで写真のように涙を流す姿を見せる。別離を憂えたのか、末法を憂えているのか、親鸞が桜を通じて涙を流すこの期間しぐれ桜供養が執り行われる。 |
![]() 元愛宕権現堂と天然記念物日本石楠花の下に龍奇水 |
| 明治の神仏分離令によって、愛宕白雲寺から金蔵寺に遷座された愛宕権現(勝軍地蔵)は、その始めは、このお堂に安置されていた。因みに愛宕神社には水はありませんが、空也(弘也)聖人が此処で念仏修行で悟られたという霊地で、龍奇水をこの寺に残して、写真の石楠花の下に今も昔と変らず滾々と涌き出でています。 |
![]() 月輪寺登山口の空也の滝 |
| 龍奇水の水脈と同じであろう、水量の多い日は水煙が一面を覆い霞の中で霊気か漂っているような観がする。
春季で桜の咲くころには山肌を這って水煙が空也に代わって月輪寺参りをする。三師に逢いに行くのでしょうか、この時に親鸞の涙が桜に現れる。 |
拝観時間:9:00〜16:00・境内自由 宝物館・大人・高校500・中学300・小学200・車椅子拝観不可 注意:冬季は雪のためにアイゼンが必要 〒616−8456 京都市右京区嵯峨清滝月輪町7 TEL075-−871−1376 京都バス清滝 |
写真撮影・小耳眼 |
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