真言宗醍醐派
東光山・長建寺
  長建寺が在る中書島は秀吉が誇る七本槍の誉れ、朝散太夫中務少輔(ちょうさんだいふなかつかさしょうゆう)(脇坂安治)が邸宅を構えて住んだ事から、中国風で中務を中書と言われ、脇坂侯の敬称で中書さんと呼んだ。これが地名になった所以で、中書島に在るこの寺は、後、江戸時代元禄十二年(1699)時の伏見奉行建部内匠頭政宇(たつべたくみのかみまさいえ)が中書島を開拓する時に深草から多門院を移築させて弁才天を祀った事に始まる。寺名は建部氏の長寿を願って長建寺としたと伝わる。この建部氏の開拓のお陰で奉行在任十五年間は当時伏見は我が国一番の町であったという。大正から昭和の終戦まで伏見市であったと云うのも建部氏の功績が大きい。
 長建寺の前に流れる河向かいには大倉酒蔵(記念館)の建物が酒の町伏見の風情が強調されている。
弁天祭


  七月二十二日は、藤森祭、宇治あがた祭りと並び洛南の三奇祭の一つ長建寺の弁天祭。この祭りは宵祭りで始まる。弁天囃の中、沢山の夜店が建ち並び賑やかな祭りである。二十三日には子供獅子が大手筋を練り歩き夜には大勢の修験者による大護摩法要が執り行われる。明治までは奉行所の警固の中で渡御船を河に漕ぎ出して護摩を焚いたという。


拝観時間:
9001600 無料(志納自由)特別催時のみ拝観料要団体連絡要
車椅子拝観可
〒612−8211 京都市伏見区東柳町511  TEL0756111039
市バス・中書島・京阪電車中書島駅

写真撮影・小耳眼
     

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