| 真言宗 | |
| 鹿野山・朝光寺 | |
![]() 駐車場から谷川沿いの山門への道 |
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| 朝光寺の裏を通り過ぎて駐車場から、平らな谷川沿いの山道を少し行くと山門への階段に至る。 何処にでもあるような鎮守の森と云う感じの所に、国宝の寺が何気なく在るのは、取り残されながらも、その重要性を知って継承してきた多くの人々が居るからで、敬意をはらわずにはいられないが、、そこを多くの人々が訪れる事で、それらは少しは解消されていく。維持費の事までは一人の人間では解消するすべも無い、今は大壇越の時代ではなく、お布施と云う大げさな物ではない、設えている賽銭箱に幾らかの感謝の意味で納めるくらいは、訪れた者の必要な義務と礼儀であろうと思う。 私としては好きなだけに静かに時を過ごせた事を嬉しく、再度の訪れを想いに秘めたものだが、一種の危機感をこの寺に感じた事もたしかであった。 |
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![]() 仁王門・石段 |
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![]() 仁王門・本堂を臨む |
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![]() 仁王門・境内より |
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| 私の知るところでは、三田花山院から一乗寺、清水寺とインド渡来の法道仙人の開基の寺が在る。この寺もそうであるというが、記録には乏しいと聞く。平安末期に裏山よりこの地に移したとあるが、その頃の建築物はなく、鎌倉・室町・の所蔵品が寺宝となっている。様式は継承しても各時代に修復をして現在まで継承している事は寺観を通して見てもわかる。 | |
![]() 本堂(国宝) |
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![]() 本堂入り口側面 |
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密教の本堂で、外陣・内陣と別れ、多様な様式が組み込まれている。鎌倉時代からの特徴と言えるでしょう。仏像・経典は別として、つまり建築物は異なり、各宗派の特長的なものを採り入れ匠たちの独断場であったのかもしれない。本来は経典と共に須弥壇、各建築物はこだわる筈である。ただ読みとなえる事だけでありがたい経典は存在しないはずが、一部の寺院が経典の翻訳を放棄した時から、密教寺院等、禅宗建築(唐様)を各部分に採り入れ折衷にする事を、教義の危機と感じなくなったのかもしれない。 御蔭と云うか、皮肉にも建築物の発展を促し、ここ片田舎にも、我国が誇れる国宝が残っている。 |
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![]() 多宝塔 |
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| 多宝塔・文治年間の創建と云うから、平安時代最後の年号である。朽ち果てるまでも無く、江戸時代に姫路城主・池田輝政によって再建されたと記している。 | |
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![]() 鐘楼 |
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| 鐘楼・本堂と同じ時期に移築したものと云う。気には成らなかったが銅版葺きの屋根で曲線は桧皮葺きに負けていない。各様式が貴重なものだと記している。和様とよく記している建築物があるが、日本式と勘違いをしてしまいそうである。禅宗によって唐様式が採り入れられ、それ以前の様式を和様と称し、全部中国建築で工夫を凝らしただけの物である事も記して欲しい。 | |
![]() つくばねの瀧口(生い茂るつくばねから) |
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| 山門に向かう谷川沿いに真っ直ぐ行けば、この滝に逢える。 境内を拝観して多宝塔の方から下に降りた所に位置しています。上り下りを一度で済ませたい人は、これをお勧めいたします。足元にはお気をつけて。 この水で疲れを癒されました。京都から播州姫路までの過程に三山は済んだ。 私にとっては大袈裟であるが、疲れ果て伊吹山を下山して日本武尊が咽をうるおした居醒の水のようだと呟くと、横で清耳眼笑う・・・・さあ〜もう一踏ん張り・・・・・頑張ろう。 |
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境内自由拝観 本堂拝観申し込み 〒673-1411 社町畑609 TEL 0795-44-0735・ 兵庫県加加東郡社町畑609 JR加古川線、社町駅から神姫バスで社下車、乗り換え神姫バス朝光寺口下車、徒歩約50分 自動車移動は中国自動車道竜野・社インターより東約12キロ。 吉川インターより北西に約2キロ |
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写真撮影・清耳眼・小耳眼 |
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